Wild Geese/01 Chapter 1「救世騎士団」

Sat, 06 Apr 2013 00:29:15 JST (2799d)

プロローグ

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 鐘が、鳴った。
 東。キーラにも、そのくらいは聞き分けることが出来た。導きの鐘だった。寒気を切り裂く。
 斥候を飛ばすと、程なくして報告が入った。前方3kmにある村が、何者かに襲われているということだった。初めて見る怪物どもで、膨大な数が村の防壁 にとりついている。村の名前は、リブールヌ。

 鐘が導く戦を、避けて通ることは出来ない。

 麾下の兵と、戦える民に、武装させた。キーラ自身も、すばやく武装を整える。軽装ながら、移動は行軍の調練も兼ね、戦えるようにはしてあった。ゆえに、隊を組織するのは早い。
 ある程度の騎士と、戦える民の半数以上は、この場に残すことにした。3km先で戦がある以上、ここもすでに戦闘地域だった。民の、王国の守りも、同時に固める必要があった。原野に人馬の砦を築くようなものだった。

 草原。しかし起伏に富んでいて、見通しは悪い。少し暖かくなってきた風が、若葉を揺らした。
 キーラと麾下の騎士は先行した。近くまで来ると、村の方向から幾筋もの煙が立っているのがわかる。
 村を見通せる丘の上に立った。すでに崩れた防壁や柵を飛び越えているのは、ネズミと人間を合わせたような怪物だった。スケイブン。聞いたことはあるが、目の当たりにするのは初めてだった。それにしても、おびただしい数である。村そのものが、ネズミに喰われいてるようなものだった。

「陛下、なりませぬ・・・」

 飛び出そうとするキーラを止めたのは、ブラッドという副官だった。冷静な騎士で、戦士としても優秀だったが、それ以上の何かを感じ、麾下の副官に抜擢した。自分が指揮をとれない時は、麾下を任せていい男だった。

「後続を、待ちましょう」

 ぼそりと、呟くように言った。口をほとんど動かさずに言う、この男独特の喋り方だった。
 丘を越え、すぐに武装した民たちが姿を現した。鎧と盾、ポールアームを担いでいるのが「蝸牛」。長弓を携えているのが「拒馬槍」。防杭を素早く設置する。そして麾下の騎士が「回天」だった。回天。寡兵であたる不利な局面だが、文字通り、事態を一変させることができるのか。
 兵を配置し冷静になると、これだけの数を相手の戦を、指揮するのは初めてだということに気がついた。もっとはるかに規模の大きい、いわば大軍同士の戦の経験はあるが、それは亡き父が指揮をした戦で、自分は、いつも目の前の敵を倒すだけでよかった。自分が指揮してからの戦は、少数の賊徒や怪物相手のもので、それは戦というより戦闘だった。
 目の前の光景に、今さらなる戦慄を禁じ得ないが、ひとつ息をつき、氷の仮面を被るように顔をぬぐった。
 駿馬に乗ったグレースが、麾下の兵に駆け寄った。鐘を携えている。

「王国の守護者たちに、大地母神の御加護を」

 鐘の音が、原野に鳴り響く。音色が、体中に染み渡る。
 若き女王は、剣を掲げた。陽光に、刀身がぎらりと輝く。肚の底から、雄叫びをあげた。騎士も、民も、それに応える。村の外側にいたスケイブンが、陣を作り始めた。それが、キーラにはひどくゆっくりと見えた。
 風。そして誰に言うでもなく、キーラは呟いた。

「騎士団、出るぞ」

シナリオ設定

バトルレポート

エピローグ

 村は、燃えていた。
 村長の館に、まだ村人の何人かが向かってきていた。キーラは、追いすがるネズミ人たちを数人、斬った。
「早く、中へ」
 逃げる村人を、ネズミ人たちはしつこく追い回したりしていない。さらに数人を、斬り伏せた。まとまった隊列を組んでいないネズミ人など、大した敵ではなかった。しかし、方陣を組んだ時の言いしれぬ圧力は、たった今、経験したばかりだった。蝸牛が、ああもあっさりと蹴散らされたのだった。そして今もなお、スケイブンの主力は村の外にいる。
 グレースが残存する部下たちを呼びに行っていると思うが、はたして間に合うだろうか。
 馬蹄の響き。
 村はまだ死の喧噪を奏でているが、それを圧する大地の轟だった。村の外のスケイブン、その、さらに後方。
 丘の上。角笛。振り返った時には、馬群の洪水が、ネズミ人たちの背後に迫っていた。
 ブレトニアの騎士たち。ネズミ人たちは、算を乱して逃げ出した。助かった。キーラが最初に思ったのは、それだった。スケイブンの不浄なる鐘が鳴り響き、村の中にいたネズミ人たちもすぐに姿を消した。
 一人の騎士が隊から離れ、こちらに近づいてきた。夕陽を背にしたその姿は、初め少年を思わせたが、やがて真っすぐな眼差しを持った、少女であることがわかった。白く、装飾の多い甲冑を身にまとっている。

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「わたくしたちも、いち早く駆けつけたつもりではありますが、あなたたちがいらっしゃらなかったら、村の損害は大きかったでしょう。御礼申し上げます。わたくしの名はジュリエット。ジェラール卿に仕える遍歴の騎士です」
 落ち着いているが、覇気に満ちた話しぶりだった。おそらくはあの騎士たちを率いている者だろう。
「援軍助かった。救世騎士団団長、キーラだ。もっとも、ワイルドギースと名乗った方が、わかりよいか?」
「あなたが・・・。噂には聞いております」
 ジュリエットは、少し複雑な顔をした。世界に認知されていない、王国の女王である。高貴な身分ととるか、ごろつきの頭程度にとるかは、この少女次第だった。
「それにしても、スケイブン。許せません。無為に殺戮を好み、略奪を繰り返すなんて。そのくせ、わたくしたちが駆けつけるとまともに戦をせず、逃げ足だけは速い」
 逃げ足が速い、という部分には、キーラも同意したいところだった。
「そうとばかりは言えぬ。村人で殺された者は少なく、火を放った建物も、民家や見張り塔といった類のものだ。倉や屋敷の被害はない。おそらくは、これから物色するつもりだったのだろうが」
「なるほど。鋭い御洞察です」
 スケイブン。戦ひとつを見ても、相当に知能は高いとみるべきだった。人型をした、他の怪物とは、違う。略奪全体としては、人間の賊などより手際はいいくらいだった。ブレトニアの正規軍がくるまでに、たっぷりと時間はあった。ただ、救世騎士団の来るのが早かった。それも"鐘"の音に導かれたからこそで、そればかりはスケイブンも予測の範囲外だった。
「キーラ陛下御一行は、これからどうなさるおつもりです? よろしければ、わたくしたちの街で歓迎させて頂きたいのですが。勿論わたくしの一存で決められることではありませんが、ジェラール卿も、きっとお喜びになられるはずです」
 どこか挑みかかるような、ジュリエットの口調だった。キーラは、苦笑した。
「御厚意、いたみいる」
「今日はもう、日が暮れます。今晩は、まだ無事な家でお休み下さい」
「負傷者の手当と鎮火については、我らも協力する」
「そうして頂けると、助かります」

 その夜、キーラは寝台に横たわって考えた。初めて自分が指揮した戦。
 負けた。手玉に取られたとしか思えない。あの大剣を持ったスケイブンの大将。狡猾だった。指揮官としての場数が違う。それは認めなければならない。
 しかし、とキーラは考える。奴らの目的自体は阻止できたのだ。もちろん、自分の隊だけの力ではない。蹴散らしたのは、ジュリエットという、少女の指揮したブレトニアの騎士たちだった。それも、自分たちの隊が注意を引きつけていたから、容易に背後を取れた。戦局はひとつの戦いではなく、連鎖していたのだった。
 自分たちが領内の正規軍を待つ、という選択肢は初めからなかった。ぐずぐずしていては、スケイブンは当初の目的を達し、早々に姿を消していただろう。村人もおそらくは、全滅していた。
 しかし、ともう一度キーラは考える。我らだけでもう少しまともな戦はできたはずだ。そう思うと、口惜しさで胸が張り裂けそうになる。闇の中で、キーラは震えた。

 いつの間にか、眠っていた。
 父と速駆けしている自分がして、谷間から昇る陽を目指していた。父の馬は早く、とても追いつけそうにない。
 不意に、光が強くなった。前を走る父が目を背け、こちらを振り返った。キーラはまっすぐ前方だけを見つめていた。あの光の向う、何かがある。それが自分には、見える。
 目が覚めると、ちょうど夜が明けるところだった。




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