Wild Geese/02 Chapter 2「死に兵」

Sat, 06 Apr 2013 00:29:17 JST (2799d)

プロローグ

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 利用出来るかもしれない。
 そう思ったのは、甥のクロードの助言によるものだった。ジェラールは銀杯に手を伸ばし、しばし黙考した。執務室の窓から見える雲が、今日は、速い。
 ジュリエットが、ワイルドギースと呼ばれる放浪の民を連れてきたのは、昨日のことだった。リブールヌをネズミ人たちから守った、ということだったが、騎士団が遅れて到着していたら、おそらくは負けていたという報告もあった。
 村を救ったのは流浪の騎士団、という空気が漂っているのが、何よりも気に食わなかった。あの小娘は、手柄を自分のものにしたがらない傾向がある。ブレトニアの騎士にそぐわない、そういった謙虚な姿勢が、逆に封臣たちの人望を集めている。それも、ジェラールの気に食わないところだった。

 ジュリエットは、側室の生んだ娘だった。その側室は身ごもってすぐ宮廷を離れ、人知れずジュリエットを育てた。ジュリエットが13歳の時、その側室は病に倒れたが、間際に、面識のあった封臣たちを訪ねて回り、娘のことを頼んだという。
 ジェラールには子がたくさんいたが、嫡子は一人もいなかった。すべて、側室の子である。後継は、甥のクロードと、早い時期から決めていた。後継が決まっていれば、妻帯することについてとやかく言う封臣も少なかった。
 しかし、ジュリエットが現れた。母が死ぬまで、自分に伯爵家の血が流れているなどど、思いもよらなかった、小娘が。
 調練で打ち殺されるがいい。そう思って軍に放り込んだが、逆にその中で頭角を現し始め、3年後の今は、騎士団の精神的支柱になりつつある。
 新しい風が吹いた。騎士団ではそういう空気が流れていて、その風は、ベルジュラックの堅牢な城壁の中にまで入り込んでいる。いまだジュリエットを遍歴の騎士に留めていることに、批難の声さえ聞こえてくる始末だ。慎重に自分の思い通りになる宮廷を作り上げてきたつもりだが、思わぬところにほころびはあり、すきま風が吹いてきた。そのすきま風は、やがてジェラールにとっての暴風となるだろう。後継はジュリエットに、いつかはそういう風が吹くかもしれないのだ。

 嫌な風だ。窓の外を眺めながら、ジェラールは思う。風が運んできたのは汚らしい流民の群れで、救世騎士団などとぬかしているという。すぐに追い返そうとしたが、クロードの一言が、ジェラールを思いとどまらせた。
 利用出来るかもしれません。甥はそう言った。しばらくは、近隣の村の警備として使い、必要を感じなくなったら政敵とぶつけてしまえばよいのです。戦になっても死に兵程度に考えられましょう。
 細かいことは想像するしかないが、伯爵は、後継たる甥の手並みを見てみたいと思った。周知の政敵など、ジェラールにはいない。いずれは、という先をみてのことだった。しかも、自分の手を汚さずにできるのだ。この男なら、自分よりも狡猾に、あれをなんとかするかもしれない。この甥は自分と似た所があり、多くを語らなくても通じるところがある。死に兵程度、と語っているが、本当に殺してしまうことも、この男だったらやりかねない。

 
「あちらの方角・・・。かなり近い感じがします」
 グレースが言った。鐘の音を聞いている。
「あの方角に、何が?」
 キーラは、傍らにいるジュリエットに訊いた。共に、軍を率いている。ワイルドギースの民は、ベルジュラックの街に残してきた。ジェラール卿の意向だが、人質をとられたような感覚がある。ただ、戦える民だけは連れてきた。
「クートラという村があります。周りに賊軍が隠れられるようなところはありません。その鐘が導く戦が近いとすれば、またあのネズミ人たちかもしれません。穴を掘って、村の近くに現れるのです」
 キーラは頷いた。スケイブンなら願ってもない。憤怒の炎は、まだ肚の底で燃え盛っている。できるなら、あの指揮官と再びまみえたいものだった。
「よし、急行して待ち構える。ネズミ人に一泡吹かせてやろう。できれば、我々だけで村を守ってみせよう」
「では、わたくしたちの隊は村の中で待機、戦況を見て兵を出します」
 再び、キーラは頷いた。
「回天を二隊に分ける。一隊は私、もう一隊はマーロンに任せる。それと拒馬槍ももう一隊加える。こちらの指揮はエリオットに」
 前回のようには、行かぬ。口には出さず、思った。自分だけではない、騎士団、民の全てがそう思っている。そういうことが、今のキーラにはわかった。

シナリオ設定

バトルレポート

エピローグ

 戦は、勝ちだった。
 が、敵の大将を討ちそこねた。それが少し気にかかったが、ひとまずは勝利、と言えそうだった。
 ネズミ穴が、黒い煙を青い空に吐き出していた。終わったのだった。立ち上る煙を見て、キーラは無性に一服したい衝動に襲われた。まだ、興奮が収まらない。
「お見事な、戦ぶりでした」
 ジュリエットが、傍にやってきて言った。その表情には、微妙な色彩が浮き沈みしていた。戦場での名誉を求めるのが、ブレトニアの騎士というものだ。キーラが「我々だけで村を守ってみせる」と言った時に、なぜ素直に引き下がったかは、わからなかった。自分たちも戦う。そういきり立つとばかり思っていたのだが。ましてやここは、王国の領土なのだ。おそらくは、その表情と同じくらい、微妙なものが絡んでいるのだろう。自分が現れたことで事態はより一層繊細にになったのかもしれないと、キーラは思った。
「そなたたちが後ろに控えているからこそ、安心して戦えた」
「お怪我は?」
「私にはない。が、何人か負傷したようだ」
 一人の騎士が、助かりそうもないということだった。キーラとジュリエットは、馬を下り、そちらへ向かった。ネズミ人の兵器で、全身に火傷を負った者。草地に横たえられている。

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「陛下・・・」
 近づいてくるキーラを見て、騎士が口を開いた。顔もわからないほどの火傷だったが、焼け残ったサーコートの一部、獅子がメイスを持った紋章。それで誰だかわかった。
「コリン。今までよくぞ、私に仕えてくれた」
「陛下と共に、我らの王国を見たかったものです」
 ジュリエットが、思わず口に手を当て、顔を背けた。キーラはコリンの視界を遮るようにかがみ込み、その手をとった。
「戦は・・・」
「我らの勝ちだ。お前の勝利でもある」
「陛下の勝たれた記念に、この地に埋めて下さい・・・」
「わかった」
 キーラはコリンの額に口づけすると、短刀を取り出した。
 騎士は、目を閉じた。

 引き続き、周辺の警備にあたるという。
 ジェラールのもとに、ワイルドギースから戦勝の報告があり、ベルジュラックには戻らないということだった。国土を守る、戦に勝ったのである。戦勝祝いの宴くらいは設けられて当然だったが、前もって、そういったものには出席しないということだった。
 そこで、武器と兵糧の供給をしてやった。さすがにそれくらいはしてやらなければ、広大な封土を預かる身として、面子が立たない。
 ジェラールは音高く舌打ちし、その反響は、石で囲まれた執務室の中で、思いのほか大きく聞こえた。最初から、名より実を取るつもりだったのだ、あのキーラとかいう女は。
「死に兵が、死ななかったな」
 ジェラールは、クロードに言った。甥の表情は、逆光でよくわからなかった。
「我らが騎士団にも犠牲はなかったのです。それでよしとしましょう」
 我らが、という言葉に微妙な含みを感じたが、ジェラールは気にしなかった。
 まさか単独で勝つとは、ワイルドギースとやらも、なかなか侮れない。ジュリエットには、遅れて参戦するように言ってあった。ベルジュラック騎士団に犠牲は出すなと。危なくなったら加勢すればよい。そう言い含めてあったのだが。
 あの放浪の女王とやらが死んでくれれば、ワイルドギースの民は、農奴として引き取ってやるつもりだったのだ。そこまでは、ジュリエットには話していない。口には出してないが、いっそジュリエットも死んでくれればと思う。甥も、そう考えているふしがある。
「死ななかったな」
 もう一度、ジェラールはつぶやいた。




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