Wild Geese/03 Chapter 3「風が逆巻いて」

Sat, 06 Apr 2013 00:29:19 JST (2799d)

プロローグ

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 キーラが、震えた。
 グレースの、馬車の中である。キーラの背中。禍々しくも美しい、紋様で彩られている。戦化粧を施したのだった。その身体は汗に濡れていたが、魔力を含んだ特殊な絵具により、その紋様が消えることはない。ただ、時間の経過によってのみ、それは自然と消えるのであった。
 グレースは、ワイルドギースのドルイド僧として、今まで何度かこの戦化粧を施してきたが、自身がこの戦化粧を施されたことはない。ただ、左半身に似たような紋様があるが、それは大地の女神に授けられた、生命の魔法を操る力の体現であった。
 筆を動かす度、その相手は苦痛の声を上げた。ただ一人、キーラだけが声を発しなかったが、以前に「剣で貫かれるようだ」とは言っていた。今は机の上の地図を睨みつけ、額に汗を浮かべている。
 妹の身体。いつの間にか、随分とたくましくなっていた。将としての、風格さえ漂い始めている。そして何よりも、美しくなった。羨望と嫉妬を、今新たに、グレースは禁じ得なかった。

 王位は、自分が継ぐはずだった。キーラとはひとつしか年齢が違わないが、体格も馬術も、グレースの方が遥かに勝っていた。そして自分の方が、このどこか茫洋とした妹よりも、人を惹き付けるものを持っていた。父も、自分に何かあった時にはグレースを大将に、その傍らにキーラがいるという形を望んでいたはずだ。
 しかし18歳になった時、大地の女神は自分を選んだ。それは名誉なことであるはずだったが、グレースにとっては、未来の女王としての自分を否定されたようで、つらかった。自然と涙があふれたが、周囲には感激のあまり目頭を熱くしているように映ったことだろう。
 その夜、訪れたキーラが、何も言わずに自分を抱きしめた時、何か大きなもので、この小さな妹に負けたという気がした。ぬくもりは、母のそれに似ているとも思った。
 グレースは、泣いた。

「さあ、終わったわよ」
 グレースは軽くキーラの肩に触れ、服を手渡した。民のいないところでは、まだ、姉妹でいられる。最近は、そういう時間が少なくなってきている。
「すまない」
 服と鎧を手早く身につけながら、しかしキーラの目は地図の上からほとんど離れなかった。斥候の報告で、スケイブンの拠点、そしておおまかな兵の配置が記されている。これまでの戦で、どういうわけか自分たちの居所が割れていることに気づいたのだろう。ネズミ人たちは各地に散った兵を回収し、地中に撤退しようとしているようだが、引き際の襲撃に備えて、万全の、そして決死の気がみなぎっているという。
 馬車の扉がノックされた。
「ダコタ様が、到着されました」
「わかった。こちらから行くと伝えてくれ」
 二人が外に出ると、宿営地の外に、騎士たちが待機しているのが見えた。全員が下馬している。
「久しいな、一丸爪。壮健そうで何よりだ」
 キーラに声をかけられた女騎士は、片膝をついて頭を垂れた。そのような姿でも、全身から闘志があふれている。
「烈風隊、徴集の鐘を拝聴し、只今到着いたしました。遅れて申し訳ございませぬ」
「いや、お前たちが一番早かったのだ。まずは長旅の疲れを癒してもらいたいところだが、そういうわけにも、いかぬかもしれぬ」
「は!」
「今まさに、ネズミ人の拠点を強襲するところだったのだ」
「喜んで、我が隊も参戦させて頂きます」
 顔を上げたダコタが、険しい顔で微笑んだ。
 ダコタは、キーラとグレースにとって従姉妹にあたり、外見にも共通する部分が多いが、獰猛そうに笑うところは、彼女の父のバーソロミューにそっくりだった。"撃滅将軍"と呼ばれる猛将の、血を色濃く受け継いでいるようだった。
 不意に、風が変わった。魔力の風。グレースには、それがわかった。
「この風・・・。魔力を操る者が、スケイブンの中にいるようです。陛下、この度の戦、私もお供させて下さい」
 使命感のようなものに衝き動かされ、グレースは言った。
「しかし、姉上の身にもしものことがあっては、亡き父に顔向けできぬ」
 その表情は平静だったが、内心キーラも不安を感じているはずだ。同じ色の瞳が、それぞれの中に、同じものを見つめた。ため息まじりに、妹は口を開いた。
「わかった。姉上の力をお借りしよう。総員戦闘準備。ぐずぐずしていては、ネズミ共が撤収してしまうぞ」
 風だな。グレースは感じた。風が、逆巻いている。鐘の音が、宿営地に響き渡る。
 よく晴れた空を見上げ、グレースは、震えた。

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バトルレポート

エピローグ

 東へ。
 寝台に横たわっているキーラに、グレースは告げた。鐘が、次に導く場所である。
 傷は、癒えてはいないが、なんとか傷口はふさがったという状態だった。激しい動きをすれば、また傷が開く。
 グレースの話を聞くと、身を起こし、キーラは地図を眺めた。辛そうな様子は見せない。東へ真っすぐ行くと、シャロンの森に入る。死霊の森である。森か、と小さく呟くのが聞こえた。先の戦では、キーラの部隊は逃げる敵を追い、森に踏み込んだことでその機動を大きく狂わせた。胸の内にある傷こそ深刻なのではないか。
「ネズミ人たちが地中に逃げ帰ったことで、この地での戦は、終わりということになるのかな」
「鐘は、そこまでは教えてくれないわ。ただ、そんな気はしてる」
「口惜しいな。敵の主力を叩いたことで、半ば勝ったような気分でいた」
「完全には倒せなかったかもしれないけど、あなたは立派に戦ったわ。大地の女神も、きっとあなたをお褒めになると思う」
「結局は、一度の勝利で、慢心したのだ。私は」
 どこかが緩んでいた、ということなのだろう。大将がそうであれば、軍全体にそういうものは伝わる。振り返ればグレースも、そういった気持ちがあった。いかに勝つかではなく、いかにとどめをさすか。そのことを、キーラに期待してしまった。王国の相談役である自分にも、責任はある。
「ベルジュラックにいる、民を呼び戻そう。進発する」
「あの領主。あなたのことを快く思ってないわ。簡単には行かないかもしれないけれど、どうするの?」
「細かいことは、民たちの、それぞれの長に任せる」
 民の長。それはあなたではないの? そう言いそうになって、グレースは口をつぐんだ。どこか茫洋とした、キーラの表情はいつもと変わらない。以前は、妹が何を考えているのか、グレースにはよくわからなかった。今は、それが少しだけだが、わかる。
 こういう時に何か、女王の助けになるようなことを言うのが、自分の役割なのだ。何も言えなくとも、ただ、抱きしめるだけでもいい。自分が女神に選ばれたあの日、妹がそうしてくれたように。何を怯えているのかわからないままに、グレースはただ、キーラを見つめることしかできない。
 キーラが立ち上がり、馬車の窓を開けた。原野。心地よい風が入ってくる。
 晴れた日は暖かい。だんだんと、そういう季節になっていた。

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