Wild Geese/04 Chapter 4「追われる身」

Sat, 06 Apr 2013 00:29:21 JST (2799d)
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プロローグ

 士気は、高かった。
 ワイルドギースの、民たちである。スケイブンはこの地を去ったが、戦としてみれば、負けたことになる。それでも戦士たちの士気は高く、それでいて、悲壮なところはない。
 東へ向かう準備をしている民たちを見て、ジュリエットは胸を衝かれる思いがした。敗軍を見ている気がしないのだ。
 負ければ、死。生き残ったとしても、名誉を失う。それは生きながらの死だった。ジュリエットはまだ、戦で負けたことがない。誇り。しかしキーラの兵を見ていると、それがなんなのか、見失いかける。
「キーラ陛下。短い間でしたが、共に行動出来たことを嬉しく思います。そしてスケイブンをこの地より撤退させられましたことを、我が主に代わって御礼申し上げます」
「ベルジュラック騎士団がいなければ、最初の戦で命を落としていたかもしれぬ。礼を言うのはこちらの方だ」
 言葉がうまく出ず、ジュリエットはただ頷いた。顔が紅潮しているのが自分でもわかる。理由はわからない。
「もう少し、共に歩むか? ジュリエット殿」
「わ、わたくしは・・・」
 共に歩みたい。そう思った自分に、束の間ジュリエットは戸惑った。顔を上げると、キーラは既に馬上の人となっていた。小さく笑う。ジュリエットは若き女王が笑うのを、初めて見た。
「さらばだ。淑女の御加護のあらんことを」
 原野を駆ける風。わずか数日、行動を共にしただけの、流浪の戦士たち。どこか取り残されたような気持ちに、ジュリエットはなっていた。

 城内は、慌ただしかった。
 ベルジュラックに帰還すると、耳を疑うような話を聞いた。ワイルドギースが、城内の武器、兵糧を略奪して行ったというのである。民の大半は、今回のスケイブン討伐に同行しなかった。討伐が終わると、民はキーラの元に向かった。その際に、武具、食料庫が荒らされたというのだ。
 ジュリエットは旅装も解かず、ジェラールの元に向かった。執務室に入ると、従兄弟のクロードと、騎士団長のアランもいた。アランは既に、戦の準備を終えている。
「一体どういうことなのですか。事情をお聞かせ願いたい」
「臣下の礼もとらず、無礼にも程があるぞ。ジュリエット殿」
 クロードだった。小娘が、と顔に書いてある。ジュリエットは従兄弟を睨みつけると、素早く礼をとった。
 ジェラールは、今回のことについて、ゆっくりと話し始めた。他の兵から聞いた話と大差はない。ただ、すでにワイルドギースを討伐する部隊は集められていて、隊長には騎士団長アラン自らがなるという。
「わたくしも、討伐隊に加えて下さい、父上」
 父、と言ったが、ジュリエットはジェラールを父と思ったことはなかった。母がどんな思いで死んでいったのか、二人でどんなにつらい思いをしてきたのか、ジェラールが関心を示したことはない。
 騎士団長のアランには、調練中に何度も殺されかけた。当時は無我夢中だったが、明らかな殺意があったのだと、今になってわかる。父は後継にクロードを、と考えていた。認められたくて頑張ったが、結局のところ、自分は邪魔者でしかなかった。大方調練にかこつけて、自分を消そうとしたのだということくらい、小娘扱いされている自分でもわかった。
 騎士団に、信頼できる者はいなかった。麾下の兵もジュリエットを担ぎ上げたいようだが、ジュリエットか自分の名誉かということになれば、間違いなく後者を選ぶ。
 名誉。誇り。自分が信じてきた道も、ワイルドギースと出会って、揺らいだ。
 そしてその、ワイルドギースの略奪。キーラは信じられると、心の底では思っていたのだ。騙されたという思いと同時に、戦では後詰めに徹せよというジェラールの指示を受け、窮地にも加勢しなかった自分。怒りと恥ずかしさで、叫びだしたくなる。
 今となっては、信じられるものは自分の剣しかない。不意に孤独な自分を知って、涙が頬を伝うのを、止めることができなかった。
「ジュリエット、愛しき我が娘よ。涙を流してまで志願するとは、見上げた心意気。おぬしの好きなようなするがよい」
「は。ありがたき幸せ。父上に代わって、略奪者キーラの首を獲ってご覧にいれます」
 自分の声が、かすれているのが、ジュリエットにはわかった。
 何もかも、砕いてしまいたかった。

 略奪。
 そういうことに、なっているらしかった。最初に面会した時から、ジェラールは、なにかしら仕掛けてくると思っていた。ネズミ人たちを追い払ったことで各村の評判はよく、思い切ったことをやってはこないだろうとは思っていたが、半分は予想していたことでもあった。数日前、ジュリエットが帰還するのを待って、騎士団が進発したとの報告があった。共に行動した者を討伐軍に入れるとは、あの男も趣味が悪い。それにしても、略奪とは。討伐にかこつけて、略奪しようとしているのはそちらではないか。
 しかし、あと少しで、シャロンの森である。逃げ込んでしまえば、騎士団をまくことはできそうだった。
 伝令が、駆けつけてきた。
「後方に敵襲。ベルジュラック騎士団です」
 なぜ、距離を言わぬ。振り返ったキーラは、そう言いかけて息を呑んだ。伝令の肩越しに、すでに馬群が姿を現している。
 速い。
 馬上槍を構え、既に突撃の体勢に入っている。矢が、キーラのすぐ近くまで飛んできていた。これでは講和の余地などありそうになかった。
「戦えぬ者は全力で森に駆けよ。戦える者は、即刻戦闘準備」
 合流地点を決めると、騎士団の何隊かは逃げる民の護衛につかせる。残る部隊は、ベルジュラック騎士団をくい止めねばなるまい。
「敵の狙いは略奪だ。各隊、輜重を守れ」
 騎士団の中にはジュリエットの姿も見える。迫り来る馬群の奔流に、キーラは今あらためて、戦慄を禁じえなかった。

シナリオ設定

バトルレポート

エピローグ

 積み荷を、あらためた。
 ベルジュラックから奪われた物ではない、ということは、すぐにわかった。少なくともジュリエットは、違うことがわかった。他の騎士はどうだかわからない。盲目的な何かが、真実を、いや単純な事実を見えなくさせているのか。
「わたくしは、追います。アラン団長。残る積み荷に、わたくし達の物があるのかもしれません」
「ジュリエット、愚かしいな。森の中では騎士団は身動きできぬ。兵を無駄死にさせるつもりか? 我らはこれより帰還する」
 武器、食糧が奪われたにしては、あきらめが良すぎるとジュリエットは思った。アランは、賊を放っておくような性格ではないのだ。
「では、わたくし一人で」
 言い終わる前に、ジュリエットは愛馬を駆けさせていた。付いてくる者は、いない。
 森。日が沈みかけている。燃えるような、紅だった。初めてキーラと出会ったのも、こんな夕暮れだった。あの時は、村人と、孤軍で奮戦する騎士を救うために、駆けた。今は何に向かっているのか、わからない。

 森の奥に逃げて行くワイルドギースの民たちを、追い抜いた。何人かが驚いて振り向いたが、斬り掛かってくる者はいない。民は散っているが、駆けて行く方向から、大体どこへ向かっているのかは察することができる。木々の間から、見えた。少し開けた場所。騎士たちが、集まっている。キーラの姿も、見える。ジュリエットは、剣を抜いた。キーラが、振り上げた手を静かに下ろす。
 不意に、地面の様子が変わった。柔らかい。いぶかしむ前に、大地から無数の杭が突き出してきた。拒馬槍。しかし、飛び出す機が、わずかに早い。かろうじて杭をかわしたが、竿立ちになった馬から、ジュリエットは放り出された。
「一人か。ジュリエット」キーラが言う。
 素早く体勢を立て直し、剣を構える。ジュリエットは頷いた。
「何故、単騎で追ってきた」
「確かめなくてはならないことがあります」
 叫ぶように言ったが、答えになっていないことは、自分でもわかった。

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 これで全部だ、とキーラは言った。
 輜重を見て回るうちに、ジュリエットは自分を省みて、途端に恥ずかしい気持ちになった。女王自らに陣の案内をさせている、自分は何様のつもりなのか。日は既に落ちていた。篝火に照らされたキーラの横顔を、束の間、ジュリエットは眩しく感じた。
 ベルジュラックから奪われた、積み荷はなかった。そもそも、奪われたのかという確認すら、自分ではしていない。まだ、この森のどこかに輜重を隠しているかもしれない、とは不思議と思わなかった。こうやって話していると、信じるべきは、そして疑うべきは何なのか、はっきりと見えてくる。理屈ではない。最後はジュリエット自身の、それはいわば直感であった。
「陛下を疑い、剣を向けたこと、何とお詫びしていいものか・・・」
「仕方あるまい。どういった事情かは、私でも察しがつく。あまり自分一人を責めないことだ」
「わたくしは、陛下がそのようなことをしたのだとしたら、許せない。そう思って討伐隊に志願しました」声が上ずっていた。
「わたくしは、何を、どこから間違えていたのか、時々わからなくなるのです。陛下と出会ってから、そういうことばかり考えていました」
「いそうもない者がいるものだと、お前を見た時に思ったよ」キーラは言った。
「鋭い剣は、向ける相手を見極めねばならぬ。時に剣を抜かないことこそ、大切なことだとも思う。あえて言えば、剣を捧げる主君を、もう少し考えるべきだった。しかし、まだ子供の時分に軍に放り込まれたのだろう? 仕方がなかったと、思えばいい。そしてまだ、若い。若いと言われる私より、さらに若いのだ」
 キーラは言った。今はその目を、真っすぐ見ることはできない。
「この森の奥には、死者の群れが潜んでいるという。そんなところでは、満足に狩りもできないだろう。数日、この辺りに留まるつもりでいる。いずれにしても、大所帯だ。少し、糧食が乏しくてな」
 いたずらっぽく微笑む。キーラが見せた、初めての表情だった。ジュリエットは赤面した。
「それで、どうする?」
「一度、城に戻ります」
「死ぬなよ。ジュリエット」
 はい、と短く応えた。

 再び、日が落ちた。
 深夜である。城へと帰還したジュリエットは、それを報告することなく、倉へと向かった。討伐隊とは合流せず、単騎、間道を駆けてきたのである。昨晩は、村の宿屋で一人、今までの、そしてこれからのことを考えた。初めて、自分と向き合ったという気がする。
 討伐隊は、まだ到着していない。番兵に倉の扉を開けさせると、武器も食糧も、きれいに揃っていた。まさか、ではない。
「いつから盗人の真似事をするようになったのだ?」
 月明かりの下に出てきたのは、クロードだった。
「軍令違反をしたそうだな。すでに伝令から報告があったぞ。ついて来い。父上が、話を聞きたいと言っている」
 父上! まるでクロードが、ジェラールの息子であるかのような口ぶりだった。それでも、ジュリエットはおとなしくついて行った。これからのことを考えると、胃が締め付けられる。夜回りの兵が、ジュリエットを見て、驚いた様子を見せた。
「こんな夜更けの帰還とはな。アランから早馬で知らせがあった。心配しているようだったぞ」
 ジェラールの執務室。蝋燭が何本かの、最小限の灯り。何か意図を感じないわけにはいかない。
「まったく、残念なことよ。そもそも、お前をこの城に入れてやったことが、間違いだったのだな」
「敵に通じているとの話もある。これは重大な問題だぞ」クロードが続けた。
「よい、よいのだ。もう」
 手を振りながら話すジェラールの様子には、少し疲れたようなところがあった。
「わずか三年ばかりだが、つらい目にあわせてきてしまったな。もっと早く、楽にしてやるべきだった。軍令違反など、本当はどうでもいいことなのだ。泣くな。泣くな、娘よ」
 柱の陰から二人、執務室の番兵二人。四方から、ジュリエットを囲むように近づいてくる。涙で視界がかすむ。かなりの使い手。
 調練や日常に垣間見えた、あるかなきかのものとは違う。父の、明らかな殺意を前に、ジュリエットは何かを諦めなくてはならないと悟った。
 いや、ずっと前から、わかっていたことなのかもしれない。
「さらばだ、ジュリエット」
 四人が、同時に斬り込んできた。踵を返しながら、剣を横に薙いだ。目の前にあるのは、部屋の扉だった。剣を持ったままの腕が四つ、石の床に落ちる音が響く。
「死ぬな、と声をかけて下さった方がいるのです」指先で、そっと涙を拭う。
「その人の元で、生きてみたいと思います」
 振り返らずに、言った。従兄弟が上げる、小さな悲鳴。父の表情は、わからない。
「父上、どうかお達者で」
 そのまま、扉に向かって歩き出した。

 闇を、星々と月が照らし出していた。
 冷たい夜気を吸い込むと、どこかすがすがしい気持ちがする。それでいて、なにか熱いものが、身体中に満ちている。
 馬に乗ると、駆け出した。風が、身体を打った。
 死ぬなよ。キーラは言った。
 死にはしない。ジュリエットは思った。
 出会うはずのないものに、出会ったのだ。死ねるはずがない。




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