Wild Geese/05 Chapter 5「闇が微笑む」

Sat, 06 Apr 2013 00:29:23 JST (2799d)
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プロローグ

 昼なお暗い、森だった。
 まだ、シャロンの森へ、完全に足を踏み入れたわけではない。少し東へ進むと、鬱蒼とした森が待っている。今いる場所は、木立がかろうじて外から姿を隠してくれている程度だった。
 数日、軍を留めた。糧食が少なくなってきている。行商になりすました遊星を中心に、近隣の村から糧食を買い集めているところだった。それでどこまで、という不安はあるが、鐘は、森の中へと我々を導いている。若き女王には、今は信じて進む以外の道はない。
 家馬車、というものがある。与えるべき封土をまだ持つに至らないヒベルニアでは、騎士階級になると、所有することが認められるものである。小屋に車輪を付けたようなもので、中で生活できるようになっているため、荷物を運ぶ馬車よりやや大きい。ワイルドギース同様、流浪の民として知られるストリガニーたちも似たようなものを持っているが、ワイルドギースのそれは、解体できるようにもなっている。鐘の命じるまま、道なき道を進まねばならぬ時もあるのだ。
 しかし、とキーラは森へと目を向けた。鐘が示した方向には、平坦な、開かれた道があった。そこだけ森が、ぽっかりと口を開けている格好になる。少なくとも今のところは、家馬車を解体する必要はなさそうだった。
 森の奥から吹き付ける風。今朝から、何か邪悪な瘴気のようなものを感じる。甘ったるいが鼻をつく、何かが腐った匂いに近い。
 そろそろかもしれぬ。死者の軍勢。まだ侵入してはいないが、門の前でうろうろする者たちを、主人は、いつまでも黙って見てはいないだろう、という気がする。
「今晩から、見張りの数を倍に増やす。戦闘員は、すぐに武装を整えられるようにせよ」
 側の者に言った。

 一刻でも、早く。
 ジュリエットはその思いを抑えきれず、今晩の宿はとらなかった。暗雲が空を覆い、星なき夜だった。しかし道しるべは、高鳴る胸の中に、ある。
 街道を外れ、馬が潰れない程度に、駆けた。この辺りのはずだった。森の外縁。目を凝らすと、木立の間から、わずかに灯りが見える。と、風に乗って、怒号と悲鳴とが、微かに聞こえてきた。
 木々を抜け、すでに戦場になっている野営地にたどり着いた。方々で、騎士団が陣を整えつつある。喧噪。耳を潰さんばかりだった。
 ワイルドギースの民が、武器を手に戦っている。相手は、死者だった。身体にへばりついた肉片をまき散らしながら、群れをなして襲いかかってくる。唸り声とも悲鳴ともつかぬ声を上げているが、動きは緩慢だ。決して恐れるような相手ではない。しかし生理的な恐怖が、ジュリエットの胃を締め上げる。
 こちらに向かってくる死者たちを相手に、ジュリエットは剣を抜いた。突然、目の前を鋼鉄の嵐が通り過ぎた。烈風隊。駆け抜けざま、隊長がこちらを見て凄みのある笑みを浮かべた。一丸爪ダコタ。向かう先。本隊同士がぶつかろうとしている。あそこへ向かわねば。
 視界の片隅に、荷車が見えた。覆いの布は取り払われ、まだ使われてない旗が積まれている。ジュリエットはその中のひとつを掴んだ。腕にずしりと重い。偶然手にしたそれは、一際立派な、軍団旗だった。これで、兵たちを鼓舞すること。不意に、ジュリエットは何かを見出したような気がした。
「キーラ陛下、今、行きます」
 再び、駆け出した。

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バトルレポート

エピローグ

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 陽が、昇る。
 朝の光が、身体の熱を、奪っていった。
 膠着の続いた蝸牛を除いては、損害は軽微だった。その蝸牛にしても、死亡した者はいない。ただ、これ以上、戦に耐えられない者が多く出た。足を負傷した者は、これからの行軍がきつくなる。かといって、置いていくわけにもいかない。
 下馬して、負傷者の間を、声をかけて回った。治療の手伝いをしたかったが、この第二の戦場では、キーラは足手まといにしかならないだろう。しばらく歩き回った。今の戦を消化しきれず、気持ちがささくれ立っている。
 心を持たぬ敵。ただの操り人形に過ぎないが、上手く操られていた。
「陛下、ジュリエット殿ですが」
 マーロンが近づいてきて、言った。周りが気づかないことに、よく気がつく男だった。元は、ヒベルニアの民ではない。今、キーラに仕えようとしているジュリエットに、どこか昔の自分が重なるのかもしれない。
「もちろん、歓迎する。一将校として迎えたい」
「本人は、一兵卒として始めたいと言っておりましたが」
 見ると、ジュリエットは兵たちから少し離れて、所在なげにしていた。戦に加勢はしたが、騎士たちはまだ、彼女とどう接したら良いか決めかねているようだった。ジュリエット自身もまだ、どうしたらよいかわからないといった様子で、どこか弱々しい印象の彼女を見るのは、初めてだった。
「戦は、負けだったな」
「また、そのようなことを言われますか。通常の戦では、そうでしょう。ただ、あまり気にはなされぬことです」
「どう見た? 死者の軍勢のことだが」
「様子見、といったところでしょうか。逃げた兵を執拗に追わず、こちらの力量を測っていたようにも感じました」
「至らぬ将だ、ということが伝わってしまったかな」
「なんの。立派に戦われました。あまりご自分をお責めにならないことです。大きな被害もなく戦をくぐり抜けた。それだけで充分でしょう」
「父を越えようとは思わぬ。ただ、父の半分ほどでも、戦の才能があれば、とは思うな」
「先王の元では、兵が多く死にました。陛下は、民が崩れても、叱責なさらない。それはそれで、ひとつの将のあり方なのだということを知りました。民は、喜んで死のうとしている。そういった民を殺さないないで来たのですから」
「どういうことだろう?」
「陛下は、民政の将なのでしょう。戦上手というわけではありませんが、それで民が救われている部分があります」
「はっきりと、言うではないか」
「戦下手、と申し上げた覚えはございませんが」
 マーロンが去ると、自然と笑みが浮かんだ。ジュリエットの元へ歩いていく。こちらに気がついたジュリエットが、ぎこちない様子で馬を下りた。緊張している様子だったが、その目は真っすぐに、キーラを見つめている。
 ようやく、身体の中に残る、熱のようなものが引いた。代わりに別のものが、キーラの胸の中に広がる。
 大地を踏みしめる、その足取りは軽かった。




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